『降竜』の一撃はまさしく地面にクレーターを生み出したが、それでも幻陶は仕留め損ねた。

「ぐ・・・・ぐうううう・・・・」

驚異的な反射神経と言う他無い。

幻陶は着地直後襲い掛かった『降竜』に身を翻し、自身の右半身を晒す事で、点を突かれる事を防ぎきったのだ。

しかし、幻陶のダメージもまた大きかった。

右前足及び、右脇腹が右後足に渡ってまさに消滅し、そこから霊気と思われる蒸気が絶え間なく吹き上がる。

しかし、俺も痛手である事に変わりは無い。

最後の一撃のつもりで放った『降竜』は避けられ、『凶薙』は・・・最も恐れていた事態が起こりつつあった。

そう・・・刀身にひびが入り始めていた。

不吉な予感を覚えた俺は『凶断』を抜刀し、確認する。

やはりひびが走っていた。

「・・・遂に・・・」

「限界が来たか・・・」

「志貴もはや『凶断』・『凶薙』には自身を癒す力は無い。おそらくそれぞれ後一発、もしくは最大出力一度で・・・」

虎影さんの言葉に俺は頷く。

幸い、幻陶は未だ傷が癒えていない。これが最大の好機になる。

だが止めを刺す俺よりも早く幻陶の方が決意を固めたようだった。

「やはりこの手を使わねばならぬか・・・魔狼!!私が認める!!私が許す!!貪れ!!その力を持って我らが敵を打ち滅ぼせ!!」

その絶叫と共に狼に異変が生じた。

消滅した右半身から前足が・・・後足が体内から盛り上がるように再生していく。

そして、数秒後には失われた右半身は復活をとげていた。

それも、その右半身は赤い毛皮で覆われているにも拘らず更に紅い・・・あたかも妖力であるかのように・・・

「まさか・・・幻陶・・・『闇神』の力を・・・」

「左様・・・『闇神』の力を最大限利用させて頂いている。最もこれを使用すれば『闇神』は何時崩壊してもおかしくないが・・・だが大事を成せぬまま消え去るよりはいい・・・では行くぞ・・・お互い時は大事であろうからな」

その瞬間狼は残像を残し姿を消した。

「速い!!」

「志貴!!上だ!!」

その言葉よりも反応は速かったかもしれない。

迷いも見せず左に跳ぶ。

次には狼の右前足は地面を陥没させる。

更に間髪いれず右の前足が急激に伸びてその爪が足を軽く切り裂く。

「くっ!!」

具現化を行使できない『凶断』・『凶薙』で矢継ぎ早に来る一撃を弾き捌き逸らす。

だがその威力は刻一刻と『凶断』・『凶薙』のひびを大きいものに変えていく。

やがて、狼が体勢を整え再び俺に急襲を仕掛けようとした時、俺は既に覚悟を固めた。

もう、使うしかない。

(すまない・・・)

俺は詫びると、『凶断』・『凶薙』を構え残された全ての妖力をもって最後の『鳳凰』を形成、幻陶目掛けて突っ込む。

「それで来たか!!ならばこちらも最大の返答を持たねば礼を失すると言うもの!!」

幻陶も妖力を解放するとやはり狼の身体に纏わせて、火の玉の如く突っ込んでいく。

『鳳凰』と『火炎弾』は中央で激突する。

力はほぼ互角、中央で凌ぎあう。

しかし、そうこうしているうちにも二本のひびは徐々に広がる。

それに比例する様に『鳳凰』が徐々に小さくなっていく。

「もう少し・・・もう少しだけ・・・」

呪文の様に俺は呟く。

そして、規模の小さくなり『鳳凰』が押し切られると思われた瞬間、蝋燭の炎が消える瞬間殊更大きな炎を上げるように『鳳凰』が爆発的に膨れ上がる。

そして、『鳳凰』は遂に『火炎弾』を弾き飛ばし生身となった狼は『鳳凰』に包まれる。

「があああああああ!!!」

幻陶の絶叫の中、『鳳凰』を解除した俺は着地する。

まさにその瞬間、澄んだ音を立てて、二本の小太刀は根元からへし折れた。

七夜虎影によって生み出され、数奇な運命より俺の手に渡り、数多くの戦場で俺と共に戦い、遺産との戦いでも幾度となく俺を救った『凶断』・『凶薙』がその役目より永遠に解放される時が来たのだ。

「くっ・・・」

「・・・っ・・・」

「その天寿を全うしたか・・・永き時を・・・」

俺達がそれぞれに『凶断』・『凶薙』との別れを惜しんでいる時、背後から気配を感じる。

「!!!ま、まさか・・・」

その気配に驚愕しながら振り向く、そこには・・・

「そ、その・・・ま、ままま・・・まさか・・・さ・・・」

そこには狼がいた。

最もその姿は凄惨そのもの。

『闇神』をもって再生した右半身も既に無く、全身は肉が所々抉れ、吹き飛ばされ、骨や内臓が見事に露出している。

だがその眼は未だ活力に満ち溢れ残された左半身のみで立っていた。

「ふ、ふふふふふ・・・私も残された時は僅か・・・ならば最期の一太刀、与えねばなるまい!!!」

そう絶叫すると幻陶はまさしく全ての力を結集し地を蹴ると俺に襲い掛かる。

そのスピードはまさしく神速俺には反応する事も出来ない。

だがそんな中でも俺の眼だけは狼を捕らえていた。

身体は呆れるほど動かない。

先ほどまであれほど生き抜こうともがいていた

しかし、俺の眼は凝視していた。

その眼から色が・・・形が・・・光が・・・消え失せて・・・闇が全てを・・・支配していく・・・

その瞬間俺は何故か自分が巨大な門を開ける様を思い浮かべていた。

その門はその大きさにも拘らず少し力を入れただけで拍子抜けと言っても良いほどあっさりと開かれる。

その先には・・・

しかし、その先の何かを見る前に俺はまだ持って手に持っていた『凶断』で幻陶を貫いていた。

「・・・ふ、ふふふふふふふ・・・」

しかし、幻陶は・・・殺されるのではなく、消え去ると言うのに・・・不敵に笑っていた。

「はははは・・・遂に・・・遂にここまで来たか・・・まもなくだ、まもなく貴殿は『至高の領域』に足を踏み入れる・・・完全に覚醒する・・・」

「な、何がおかしい・・・」

俺の声もかすれ声となる。

「ははははは・・・わかる・・・まもなく・・・わかる・・・そう時をおかずしてな・・・神よ・・・大望間際で消え去る我が大罪お許しを・・・父よ私もそこに参ります・・・我が・・・息子・・・紫影・・・後事は・・・お前に・・・た・・・」

もう限界だった。

俺が『凶断』を引き抜くと、幻陶はこの世から姿を消した。

そう・・・点を貫いて殺したのではない。

正真正銘、抹消したのだ。

そして、幻陶のいた場所には、根元から折れた『闇神』があった。

「おそらく、最後の『鳳凰』とあの『火炎弾』との激突の時には『闇神』は折れる寸前だったのだろう・・・」

「どちらにしろ俺は・・・これで切り札を一つなくしました」

「志貴・・・」

鳳明さんが何か言おうとした時虎影さんが不意に言葉を挟んだ。

「志貴、傷の手当てをしたら『七夜の里』に赴かないか?」

「え?それはどう言う・・・」

「説明はあの神社についてからする。まずは『闇神』と『凶断』・『凶薙』の柄と鞘を持って戻ろう。宮司殿の傷の具合を見なければならんし、何よりも『闇神』のことを説明せねばなるまい」

「は、はい・・・」

やや腑に落ちなかったがともかく俺は眼鏡を掛け直すと、その場を後にした。







神社に戻り、宮司さんの様子を見ると既に起き上がっていた。

「おお、君はまだ逃げておらんかったのか?」

「は、はい・・・」

「なにやら轟音が山中で響いておったがなにかあったのか?それにその傷はどうしたのじゃ?」

「いや、俺にも何がなにやら、ただ、これを・・・」

と言って俺は『闇神』を差し出す。

「おおっこれは『闇神』!!な、なんと!!」

宮司さんは刀身が折れた『闇神』を見て絶句した。

「すいません、あの後盗んだ泥棒と遭遇してしまって・・・乱闘の末に奪還したのですが・・・」

「いや、これはおそらく天命なのじゃろう・・・」

俺の言葉を宮司さんは穏やかに遮る。

「すまんが君に頼みがある。『闇神』をこの地でない遠くに弔ってくれ」

「えっ?」

「これが折れたという事は、この刀に潜む鬼が滅びたと言う事、『闇神』にも安息の時が訪れたのじゃ。このような事頼める義理ではないかと思うが・・・」

「いえ、確かに俺が弔います」

「そうか・・・ありがとう・・・まあ今夜は泊まって行きなさい」

「はい」

その言葉に甘えて俺は再びここで一泊をする事にした。







部屋に戻り手持ちの薬や包帯で傷を手当てしていく。

そして一通り終わらせた所で本題に入る。

「さてと・・・虎影さん」

「どうされるおつもりですか?『闇神』と『凶断』・『凶薙』を持って・・・」

「ああ、そうだったな・・・志貴」

「はい」

「里に戻り『凶神』を復活させる

「え?」

「な、何ですと?」

俺と鳳明さんは思わず絶句する。

「お前達には最後の遺産との闘いが控えているのだろう?それならば『凶断』・『凶薙』に代わる太刀が必要だ」

「それは・・・そうかもしれませんが・・・」

「虎影殿、復活が出来るのですか?先程二度と同じものは創れぬと・・・」

「それは完全に無から創る場合だ。分けられていた物を一つに戻すのであれば私でもまだ可能だ」

「それはこの三本を一本に戻すと言う事ですか?それでも・・・」

「無論新しい刀身を創らねばならない。おそらくその為の鉱石がまだ里には残っているからな」

「魔殺鉱が?」

「ああ、それに・・・まあいい、こっちはあれば幸いと言うものだろうな」

「??虎影殿・・・それは」

「とりあえず休め志貴。休養が何より必要だ」

「はい・・・」







また俺は空気と共となる。

覚醒した時俺はとある館の内部にいた。

「・・・ま!!・・・様!!・・・しっかりしてください!!七夜様!!」

そこには八人の女性に囲まれる一人の男がいた。

この夢を見るたびに見た男だ・・・そして恐ろしいほど俺と顔立ちが似た男・・・

そしてその男にはもう命の灯火は殆ど残されていなかった。

俺には分かる、この男にはもう残された時は殆ど残されていない。

「もはや・・・わが身はもたん」

「な、なにを」

「お前は予期しているだろう?紅月」

穏やかな笑みすら浮かべて一人に問いかける。

「・・・認めぬ・・・妾は断じて認めぬ!!」

「駄々をこねるな・・・これが俺の天命だ」

「そんな天命なんて受け入れられる筈無い!!」

「それでもな・・・もう俺にはお前達に応えられる力も無い・・・後はお前達の好きな様に生きろ・・・それさえ・・・叶えば・・・もう何・・・も・・・」

「あ、・・・」

言葉半ばに男の命は尽きた。

「いやだ・・・」

「いや・・・」

「置いて行かないで・・・」

「私達を・・・」

「一人にしないって・・・」

「約束・・・」

「したのに・・・」

「どうして・・・」

思わず眼を背ける。

それが近い将来起こるであろう悲劇を思わせたのだから・・・

「「「「「「「「いやあああああああああ!!!」」」」」」」」







「・・・志貴起きたか?志貴」

「う・・・鳳明さん・・・」

いつもよりも深い眠りについていた俺を起こしたのは鳳明さんだった。

「良く寝てたな。やはり昨夜の闘いが響いたか?」

「そうかもしれません・・・あれ?虎影さんは?」

不意に虎影さんの気配が感じられないので尋ねてみる。

「虎影殿なら先に麓で待つといっていた。なにやら準備するものがあるとの事だったが」

「大丈夫なのですか?遠くに離れては・・・」

「大丈夫だと言っていたが・・・」

「とりあえず少し早めに行きましょう」

「そうだな」







「では宮司さん短い間でしたがお世話となりました」

朝食も終わり俺は玄関口で宮司さんに別れの挨拶を行っていた。

「いやいや、申し訳無いな。色々と騒がせてしまって・・・おまけに『闇神』までも頼んでしまって・・・」

「いえ別にたいしたものでもありませんから。さて、そろそろバスの時間に遅れますのでこれで」

「ああ、また来なさい」

深くお辞儀をすると俺は踵を返して神社を後にしたのだった。

暫く歩くと

「志貴・・・じゃあ行くとするか?」

そう言いながらこんな山には似合わないけばけばしい服装をした男が現れた。

「??」

「志貴、私だ」

「えっ?まさか・・・虎影さん??」

「ああ」

「どうしたんですか?そんな妙な姿は」

俺が首を傾げて問いかける。

「ああ、おそらく幻陶に魂を破壊された人間だろう、昨夜の戦場に転がっていた。いささか非情だが、肉体を借りた」

「そ、そうですか・・・」

引きつった笑みを浮かべて俺は肯く。

「さてと、志貴行くとしよう。おそらく時はあまり無い。急ぎ『凶神』を復活させねば三本とも完全に死ぬ」

「どう言う事ですか?」

「話は移動しながらだ。時が惜しい一気に行くぞ」

「はい」

そう言うと俺と虎影さんは風の如く木に飛び移り、一路七夜の里目指し飛翔を開始した。

それから暫くは里に一刻も早い到着の為無言だったが落ち着いてきてようやく尋ねられた。

「それで虎影さん、先程の話の続きですが・・・」

「ああ、そうだったな。志貴『闇神』『凶断』『凶薙』のどれでも良い、柄を抜いて茎(なかご)を見てみろ」

「はい・・・」

そう言うと、移動しながら『凶断』の目貫から目釘を抜き取る。そして柄を抜くと・・・茎は真紅の光をたたえていた。

「それが真の核だ。その光が消えぬ限りそれらは死んだと言う事にならず、それ故に一刻も早くその三本の核を溶かし、『凶神』を創り直さねばならん」

「それで急いだのですね」

「ああ、しかし・・・やはり自分の肉体でないと不便だな」

見ると、虎影さんの借り物の肉体から血が滲み出している。

ズボンが所々赤く滲んでいる。

「虎影殿・・・」

「大丈夫だ。それに近いのが幸いした。もうすぐ森に入る」

確かに辺りの風景は見覚えのあるものに変わっていた。

そして、里の跡地に到着した。

「・・・懐かしいな・・・」

「やはり懐かしいと思われますか?」

「ああ、いくら追放したとしても私にとってこの地はやはり故郷なのだ」

その言葉に思わず俺は虎影さんを見た。

「・・・虎影さん」

「さあ、志貴感傷にふけている場合ではない。聖堂のある洞窟に向かうぞ」

そんな俺の言葉を遮る様に虎影さんは声を上げる。

確かに今は感傷にふけている場合ではない。







聖堂前に到着すると、虎影さんは迷う事無く木々が生い茂る方に入る。

そこにはうっそうとした草木に隠されている様に洞穴があった。

そこを下りると、そこには刀鍛冶の作業場があった。

それもどの道具も錆び一つ付いていない。

「私の鍛冶場だ。結界で封印していた事がこの様な形で役に立とうとはな・・・まったくもって上手く出来ている」

そう言うと、口の中で呪を唱える。

その途端結界は涼やかな音を立てて砕けた。

「よし、志貴次は『魔殺鉱』を採掘に行く」

「それは構いませんが・・・簡単に採掘できるんですか?」

俺の問いに虎影さんは単純に答えを返した。

「ああ、簡単に採掘できる。何しろあの鉱石を使用したのは、七夜では俺だけだろうからな」

そう言うと、鍛冶場を後にしそのまま、森の奥深くに入っていく。

一時間程歩いただろうか?俺たちの行く手に現れたのは、明らかに人工的に彫られた洞窟だった。

「ここだ、志貴明かりを」

「はい」
ペンライトを渡された虎影さんは中に入るまでも無く、入り口でライトのスイッチを入れる。

すると、その明かりに触発された様に洞窟のあちこちで真紅の光が瞬く。

「志貴あの明かりがすべて『魔殺鉱』だ。これだけの明かりならそれ程深くは埋もれていない。それらを掘り出す」

「はい」

そう言うと、渡された鉄の棒で次々と『魔殺鉱』を掘り出していく。

虎影さんの言うとおりさほど苦労せずとも鉱石はごろごろ採れていく。

それを鍛冶場から持って来た籠に詰め込んでいく。

「よし、これ位で良いだろう。とりあえずこれを持っていく」

「はい」

そして籠に詰め込んだ『魔殺鉱』を背負いながら鍛冶場に帰っていく。

「これだけあれば復活できますか?」

「いや・・・『魔殺鉱』自体の数はこれだけあれば充分だがあともう一つ、必要なものがある」

「もう一つ?」

「ああ、俺は『魔制石(ませいせき)』と俺は呼んでいるが・・・」

「それは一体なんですか?」

「志貴、『魔殺鉱』のみで創られた『魔殺武具』の価値はきわめて低いという事は知っているな?」

「ええ」

その事は先輩から聞いた。

武器として硬度が低いだけでなく、肝心の妖力を放出させる力も極めて弱いし、暴走しやすい為扱いも難しい。

おまけにその妖力を消耗し尽くせば砕けてしまう。

その為、『魔殺武具』はあくまでも、非常時の時のみに真価を発揮すると・・・

それ故に『凶断』・『凶薙』の様な高出力の妖力が放出出来る上に武器の硬度も極めて高い『魔殺武具』など前代未聞なのだと言っていた。

「その最大の秘密が『魔制石』だ。これは単体のみだとただ頑丈なだけの大して価値の無い鉱石なんだが『魔殺鉱』と一つにして鍛え上げる時真価を発揮する。『魔制石』には妖力の放出を効率良くするのと暴走を食い止める二つの効果を持つ。その上、『魔殺鉱』を『魔制石』が覆う為、武具の硬度も驚異的に跳ね上がる」

「つまり『魔制石』が無ければ・・・」

「ああ、『凶神』は完成しない。しかも、この時代では『魔制石』は完全に掘り尽くされたようだ・・・もう残されていない」

「そ、そんな・・・」

「志貴、まだ絶望するには早い。君にはおそらく何らかの天運がついているのかもな」

「はい?それは・・・」

「君が持つ短刀、見せてくれ」

「えっ?『七つ夜』を?・・・どうぞ」

そう言って『七つ夜』を俺は虎影さんに見せる。

「・・・やはりか・・・」

虎影さんは刃を見るなり一つ溜息をつく。

「??何が・・・」

俺が怪訝になって内容を問い質そうとした時、虎影さんは決定的な一言を発した。

「志貴、この短刀は刃から柄まで全て『魔制石』で出来ている。それも最高純度の・・・

「な、なんですって・・・」

俺は唖然となって虎影さんを呆然と見る。

「君が驚くのも無理は無い。私もこれだけ不純物の無い『魔制石』での武器は初めてだ。おそらく私の後の世代に現れた、よほど腕の良い鍛冶師によって創られたのだろう」

唖然としていた俺だったがふと考えてみると何となくそれも当然のような気もしていた。

過去、数多の吸血鬼や死徒、異形の怪物、そして遺産、それらの戦いで『七つ夜』を俺は当然の様に振るってきたが、そのような中でも砕けず、いやそれどころか刃こぼれ一つせずここまで来た。

「虎影さん・・・つまりは・・・」

「そうだ・・・『魔制石』・・・いや、『七つ夜』を使い『凶神』を復活させたい」

「・・・」

「考え込むのも当然だな・・・だが志貴」

「はい・・・」
「一つだけ言っておく。『七つ夜』は死ぬのではない。『凶神』として甦る・・・それだけの事だ」

「・・・・・・」

俺は『七つ夜』をじっと見つめる。

不意に思い出が浮かぶ。

琥珀さんから手渡され、初めてこれを手にした事、こいつと共に潜り抜けてきた戦場。

七夜志貴としての象徴、俺にとっては半身、しかし・・・

並べて置かれている『凶断』・『凶薙』を見る。

『七つ夜』と比べると日は浅いかもしれない。

それでもこいつ等もまた、俺と共に戦場を潜り抜けてきたかけがえのない戦友・・・やはりこいつ等も俺にとっては半身・・・

俺は決意した。

「虎影さん、『七つ夜』を使って下さい。そしてそれをもって・・・『凶神』を」

「・・・わかった。お前の一部というべき『七つ夜』ありがたく使わせていただく。そして私がかつて創り上げた『凶神』以上の『凶神』を生み出して見せる」

そう言うと、虎影さんは大切に『七つ夜』を手にする。

「志貴、これから早速取り掛かる。おそらく二日か三日かかるだろう。それまでの間ここの森で待機していてくれ」

「わかりました。じゃあ俺は食料の買い込みと一緒に、家に連絡してきます」

「ああ、それが良い」

そう言うと、俺は早速麓の町にまで降り、買い込みと連絡を行った。







後書き

   刀の章終了です。

   『凶断』・『凶薙』が砕けて驚いている方もいるかもしれませんがこれは最初から予定に入っていた事でした。

   ただ、その後どうするかで頭を悩ませました。

   最初は『凶神』と『闇神』の二刀流にと思ったのですが、調べて見れば太刀は全長が90センチ以上との事で、それを二本振り回すのはさすがに無理だろうと思い『凶神』一本としました。

   一巻で出した『至高の一刀』も最初は『至高の一対』にする予定でしたので。

   次回からいよいよ四話最終章。

   最後の遺産との闘いです。

                                                                                                『刀の章』四巻へ                                                                                                                                                                                 『都市の章』一巻へ